その昔まだ紙芝居屋さんを追っかけて
走り回ってたころ
父方の祖父母の家に住んでおりまして、12人ぐらいが家族として一軒家に同居してました
まぁ、何でも屋さんの一家でしたので
みんながフル活動でなんでも仕事にして
しまうのでした
私が4〜5才ぐらいに父母とその家を出るときまで、色んな仕事を手伝っていました
ある時、納屋に入ると綺麗な布が畳まれて沢山あるのでした
そのカラフルな布を見るのが楽しみでよく納屋に隠れてたりしました(隠れてたのは姿が見つかると手伝いしなきゃないのでw)
そのカラフルな沢山ある布が、、、
大漁旗でした
七ヶ浜国際村 展示中(これは七ヶ浜や各漁師さんの大漁旗みたいです)
色は褪せてますが、綺麗な色だったと思います
この綺麗な布にくるまって寝てしまったのですが、従兄弟のお父さんに見つかってしまいました
思いのほか祖父が激怒!
もう、その納屋にはいくら入ろうとしても入れなくなりました💦
船を作って処女航海というのかしら
初出の時に船に取り付けたりするものなのです
舟人の安全と大漁を願っての旗なので
それはそれは大事な旗なのです
とある日
船は本来、船大工や造船所で船を作るのですが、出払ってまして、ご近所さんの船を祖父が作ることになりました←なぜだろーw
船が完成し、進水式も無事おわり、、
家の中で宴会が始まっていました
中にはいると、家の壁中が大漁旗に覆われていました
その時の光景はいまだに忘れられません
その中で漁師さんやお祝いに駆けつけた人たちが大宴会♬
チャカポコ♬チャカポコ♬
私の実家はいまだに集まってチャカポコするのは、こんな流れが続いてるからなのかなぁと思うのでしたwww
進水式などの時のお祝いにこの大漁旗を贈ったり、贈られたりするので、やはり枚数が多いと自慢のようです
その時、祖父に「pちゃん、船を作るのはこれが最後だよ」
と宣言されたのでしたが、私にはお爺ちゃんが船を作ったのは初めて見たので、
お爺ちゃんは、家も建てちゃったしスーパーおじいちゃんに見えたのでした(●´ω`●)
今なら資格とかないと絶対無理なんでしょうが昔は自分達で全部作りだすことが
できたのでしょうね?www
これは本物船ではありませんが、、w
祖父が趣味で松ぼっくりで宝船を作ったもの、、画像二度出しでしたらごめんなさい🙏
祖父は手先の器用さが家族の中で一番でした(´∀`*)大漁旗をみて、つい思い出しました♬